最後の
投稿者: 赤井 基純 | 投稿日: 2008年02月22日 | カテゴリ: | パーマリンク
今日、祖母が他界しました。
享年87歳。
2月22日という、
とても覚えやすい日の旅立ちです。
祖母らしい。。。
ついに、わたしにとって
最後の
“ おじいちゃん ・ おばあちゃん ”
に別れを告げたことになります。
昨日、祖母の危篤の報がはいり
すぐに入院している病院へ駆けつけました。
今までの3人の祖父母の時には
仕事や場所の関係で、立ち会うことすら
できなかった経験から
少しでも早く
の想いで駆けつけました。
祖母は非常に明るい おばあちゃん で
あまり、くよくよしたり、
愚痴をいったようなところは
見たことありません。
ですから、誰からも愛され
動物がとても大好きな おばあちゃん でした。
欲のない人で
いつも、お祖父ちゃんや
わたしたち孫が残したものを
食べてくれてました。
だいたい、祖母が何を好きだったのか
昨夜も話題になったのですが・・・。
・・・・
・・・・
誰も答えられないわけです。
ようやく、思いだしてみたら
なんと、
鳥の皮 や シャケの皮 。。。(苦笑)
あとは、
ニンジン と かぼちゃ
・・・・
・・・・
そのぐらい、人の裏方に徹して
わたしたちを支えてくれた祖母だったのです。
昨日昼前に、病院に駆けつけ、
病室で横になっている祖母が眼に入った瞬間に、
世代が代わってしまうんだなぁ。。。
と、感じました。
わたしは赤ん坊のとき
大病にかかり、命もしれなかった時がありました。
3つの病院から サジを投げられた そうです。
そんな時、決して最期まで諦めずに
わたしを一番、看病してくれたのが
祖母だったと聞いています。
その恩返しではありませんが
その祖母の最期はどうしても看取りたかった。
ですが、結局
最期の最期を見届けることは出来ませんでした。
わたしは、4人の祖父母の最期には立ち会えなかったことになります。
今日の朝3時過ぎまで
ずっと傍にいたのですが
「 もう、半日は大丈夫かなぁ。。。 」
と、思わせる状況だった為
他の親族のススメに従い、
少々、後ろ髪ひかれる想いで家に帰りました。
わたしが病室を出たのは
午前3時15分過ぎ頃だったかと思います。
祖母が逝去したのは、午前3時26分。
わたしが病室を出てから
10分もたたずに
旅立ったようです。
祖母の傍にいた際に
叔母が こんな話をしていました。
「 傍にいると、いつまでも大丈夫なように思える。
だけど、フッと眼を離した時や、少し場を離れた時、
大丈夫と想い、帰路につくと、家で訃報を受ける。。。 」
ほんとに、その話のままの旅立ちでした。
偶然といえばそれまでですが
なんとなく、祖母の意志を感じるのですよね。。。
ある人がこう言ってくれました。
「 最期、孫が家に無事に帰るのを見送ってくれたんだね。。。 」
わたしも、そう感じました。
そんな祖母でしたから。。。
結局わたしは、
わたしが生まれてこのかた
祖母が生ある最後まで、
心配してくれたのかと・・・。
結局一度も 祖母をリードしてあげることは叶いませんでした。
人間というのは
本当に不思議な、数奇な
縁
をもって、生きているのだなぁ。。。と、感じました。
これからは、
更に明るく
人を悪く言うことなく
という、祖母の財産も引継ぎ
更に事業に邁進していきたいと
心から想いました。
エンブリッジは実は祖母にもの凄く
お世話になっていました。
・創業したてのオフィス
・社員が住むマンション
・祖母の娘達
etc・・・
これらはわたししか知らないでしょうが
祖母にはホント、エンブリッジにとって
またその前身のSWC時代はもとより
とてもとてもお世話になりました。
今、エンブリッジがこうしてあるのも
祖母の力のおかげでもあると想っています。
だからこそ、いい会社に育てていかなければいけないなぁ。。。
と、心から想うのです。
