師と縁と
投稿者: 赤井 基純 | 投稿日: 2007年01月30日 | カテゴリ: | パーマリンク
この週末 お師匠さまとの お別れに
5年間お世話になった 栃木県 へいってきました。
1月とは思えない天気と温度。
宇都宮駅に到着した瞬間に感じたことは
『 あつ~ (汗) 』 でした。
思えば お師匠さま は 超晴れ男 でした。
わたしも 晴れ男 の自負はあるのですが
お師匠さまの 晴れ男ぶり は特別でした。
ひとつ、想い出話を紹介しますと、
ある特別なプロジェクトが決行されるかどうかを判断される
とても とても 大切な現場見学会のある日のこと。
(建築現場見学会における集客の成否は 天候 にとても左右されるのです)
天気予報で雨マークが出ており
皆で心配していると・・・
『 な~に、俺と赤井ちゃんとで 現場に出れば
必ず晴れるから大丈夫 な・ん・で・す・よ! 』
と、いつものように独特の 東北なまり で 根拠のない自信・・・。
わたしたちは
『 はいはい。。。 』ってな、感じでした。
でも、お師匠さまの こういう楽観的な明るさは
いつも皆に力を与えてたし、明るくさせてくれてました。
で、・・・・当日。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
本当に 晴れて しまっているんですね。 (驚!)
そして、不思議なことに 展示会が終了したとたん
雨が降り出したりするんです!??
いつも、こうなると
それは それは 得意げに 『 なっ? 』 ってな顔でございました。
こんなことは 一度や二度ではありませんでしたね。
そんな、 お師匠さま を見送るのに ふさわしい
冬とは思えない1月の天候でした。
お師匠さまの 葬儀は神式で行われました。
関西、東北、・・・いろんな たくさんの方々が 遠方にもかかわらず参列されておりました。
あらためて 師の人徳と器 を改めて感じる機会になりましたし
なにより、わたしとしても 嬉しかったです。
こんなこと言うのは、不謹慎なのかもしれませんが。。。
わたしとしては 今の自分にできる
精一杯の誠意を込めた お別れと約束 をしてきました。
なにを 約束してきたかった?
それは、まだ 内緒にしておきますね。
師との最後の別れにおいて
あらためて 気づいたこと がひとつありました。
それは 人との縁も双方向に影響しあい、形成されていく ということです。
これは 葬儀の参列者を見回していて 感じたことです。
師の葬儀に参列していた方々の中で、わたしが 知っている方々は
わたしにとっては ほとんどが 師から頂いたご縁 の方々です。
逆もありました。
師としても 私を通じて得た縁の人々 もあったということです。
当たり前のようですが、
わたしにとっては あらためて 気づかされた
この世で とても大切な 人と人との縁の法則 のような
不思議なもの を感じたのです。
わたしのように 不肖の弟子 でも
少しは なにかのお力になれたのかもしれないとも思えました。
自分では なにも 師 に恩返しできていないという想いが強かっただけに、
少しは 師の人生の中に 少しは何らかを貢献できたように感じられて嬉しかったのです。
そして、このようなことに 気づいたからこそ
あらためて “ 人と人との縁を大切にする ” ことの重要さを思い知らされた気もいたしました。
師との最後の別れのために
久しぶりに 栃木へ足を運んだことにより
もう一度、いろんな 縁 を再確認させていただく機会にもなりました。
ホント いろんな方に逢えました。
■ とても久しぶりにお逢いできた 栃木時代にお世話になった人
■ 商社時代にお世話になった お客さん ・ メーカー担当者さん
■ 栃木時代の友人
■ 栃木時代の先輩・後輩
■ しばらく お話できていなかった人
■ 今まで 連絡すらとれてなかった人
どの方々との再会も
凄く嬉しかったですね。
それぞれに想いはありますし、中には残念ながら
お話までは出来なかった人もいますが、まずは 顔を見れたことだけでも
不思議と 安心感 がわいてきました。
たった一言交わすだけのことが
今まで心に積もっていた、 不思議 や わだかまり なんかも
吹き飛ばしてくれたりもしました。
言葉の大切さ
人と逢うことの大切さ
これらを あらためて 思い知らされたような気がします。
きっと お師匠さま が この世の別れの置き土産 に
置いていってくれたのだと想います。
そして、ここから これらの 大切な縁 を
どう活かすか、殺すかも また
自分次第なのでしょう。
お師匠さまが 生前
ビジネスにおいて、きっと最も頼りにされていた方と
ゆっくりお話することも出来ました。
その方に、わたしが 師 と
お逢いできていなかったときのことを
いろいろとお教えいただけました。
あらためて、不肖な弟子である自分を思い知るとともに
もっと、もっと 頼りにして欲しかった
なんでもおっしゃって欲しかった という激しい想いと後悔
そして、 いくばくかの 安心感 も頂けたような気がしました。
このことは、なんのことだか
このブログを読まれている方には
分かりにくいかもしれませんが、前回のブログをじっくりご覧頂けた方なら
もしかすると ピン! とくる方もあるかもしれませんね。
とにかく、わたしたち 残された者 が出来ることは
“ 伝えること ” だと わたしは想っています。
それはときに、 ビジネスであり、ノウハウであり、知恵であり、縁であり、歴史なのでしょう。
今、わたしが営む事業の中にも
■ 師と共に育んできたもの
■ 師と構想だけしていて、まだ実行に移せてないもの
があります。
これらは是非、やりとげたい。
そして、師 が築いてこられた事業やその会社。
そしてきっと 師が想いを残された人々のに
力になれることがあるならば、喜んで わたしで力になれるならばなりたい。
師がつくった 事業や会社には
大発展していって欲しいのです。
その為に力になれることがあれば、なりたい。
ただ、それだけですね。
お師匠さまの人生は
55年という 短い人生でしたが
きっと誰よりも 物凄い濃い密度だったと思います。
誰よりも仕事を愛し
その仕事のヤリガイを伝え
たくさんの人を愛し
たくさんの人から愛され
その人生を全うし
その人生を謳歌された 師 に
心よりの 敬意と礼 を込めて
語りつくせぬ 感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
必ず 師 がわたしを 見出して くれたように
師 から頂いた 志 を共に 背負える人材を
見出し 引き継いでいくことを誓います。
